江戸時代の短編怪談「人面瘡」顔の形をしたできものが出来る病気の話


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江戸時代の本より

ある男の足に、人の顔をしたできもの”人面瘡”ができた.鼻と口があり、食べ物を喰らい、酒を飲む.人面瘡の代わりに男はやせ衰え、間もなく死ぬかに見えたが、諸国を旅する僧によってその治療法を教わった.

【出版年】寛文六年(江戸1661年)
【著者】浅井了意
【書名】伽婢子(おとぎぼうこ)
【タイトル】人面瘡

山城の国小椋といふ所の農人、久しく心地悩みけり.或時は悪寒発熱して瘧の如く、或時は遍身痛み疼きて痛風の如く、さまざま療治すれ共しるしなく、半年ばかりの後に、左の股の上に瘡出来て、其形人の貌の如く、目口ありて鼻耳はなし.、、、

昔、山城の国[今の京都南部]の小椋[おぐら]と言うところの農民が、長い間体を壊した。

その病は、ある時は悪寒を生じて、時には発熱して瘧[おこり、今のマラリアなど]のような症状であり、またある時は、全身がうずきひりひりと痛んで、通風のようでもあった。


いろいろの治療を施したが、どれも効果があるものは無く、半年もそのようにして経った後に、左の股の上にできものができた。


その形は、さながら人の顔のように目と口を持っており、鼻と耳は無い。これができてからは、他の病の症状は消えたものの、ただこのできものが痛むことがはなはだしい。

ためしにこのできものの口へ酒を入れてみれば、できものの顔が赤くなる。餅や飯を入れれば、まるで人が食べるように口を動かして、飲み下す。

食べ物を与えれば、その間は体の痛みが止んで苦しみがやわらぎ、食べさせないときは、再び非常に痛む。


病人はこのせいで痩せ疲れ、体の肉がいたんで、衰弱して骨と皮ばかりになってしまい、もう死ぬことは間近に見えた。


多くの土地の医者はこれを聞き伝えて、集まって治療をし、内科外科も含めて、みんなその医術をつくしてみたもののやはり効果がない。ここに、諸国を修行の旅に出ている僧が通りかかり、農人の家に来て話をした。


「この、できものは世の中にまれなものである。一旦この病気を発症した者は、必ず死ななかったということはない。しかし、ある一つの方法を使ってみれば、癒えることもあるかもしれない。」と。

農民の男は、
「この病さえ癒えるのであれば、例え私が持っている田畑を売りつくしてしまっても、何もおしいことはありません。」と言う。


そして男は、田畑を売りに出して、その金を僧に渡す。

僧はそれで、もろもろの薬の材料を買い集め、金、石、土からはじめて、草、木と一種類づつ順番にできものの口へ入れて見たところ、できものはこれを皆のんだ。
さらに貝母[ばいも]という草を、できものの近くに寄せると、そのできものは眉をちぢめて口をふさいで食べない。僧はやがて、貝母を粉にして、できものの口を押し開き、葦[あし]でできた筒を使って、口の中に吹き入れると、それから17日以内にそのできものはかさぶたを作って治った。


世の中に広まる、人面瘡[じんめんそう]とはこの事である.

怪談集

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