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書かれている事のまとめ
江戸時代の本より
室町時代、神仏を信仰していている心正しい堅田又五郎という男がいた.戦から逃げる最中に不思議な女と出会い「雪白の明神」の使いと名乗った.そして夜に鬼がやってくる.

出典
【出版年】寛文六年(江戸1661年)
【著者】浅井了意
【書名】伽婢子(おとぎぼうこ)
【タイトル】雪白明神
原文の雰囲気は?
案の如く夜半ばかりに怪しき光ひらめき一丈あまりの鬼、赤き髪乱れ白牙くひちがうて、両の角は火のごとし.口は耳元までさけて、眼の光鏡の面に朱をさしたるがごとし.爪はクマタカ夜半ばかりに怪しき光ひらめき一丈あまりの鬼、赤き髪乱れ白牙くひちがうて、両の角は火のごとし.口は耳元までさけて、眼の光鏡の面に朱をさしたるがごとし.爪は鷂の如く、豹の皮を腰当とし、、、
原文の現代語訳
長享元年[室町時代、1487年]の9月、時の将軍源義てる[よしてる]公は、自ら軍兵を引き連れて江州[ごうしゅう、近江、滋賀]に向かい、そこの坂本に陣を取って、佐々木六角判官高頼を攻めさせられた。
高頼[たかより]はその軍を防ぎかねて、城を落ちて逃れ、甲賀郡[こうか、滋賀南端]の山中に隠れ入った。高頼の家来の中の堅田又五郎というものは、勇敢でたけく、力の程は外の者よりもすぐれており、その上仏や神を敬って、心正しく、死して後の安楽を願う心も深い者である。
観音普門品[かんのんふもんぼん]一遍、弥陀教[みだきょう]一巻、念仏百遍を唱えることを、毎日の日課にしていた。
最早すでに、自身の大将である高頼が城より落ち逃げたので、又五郎は力を落としながらもなすすべが無く、逃げる所を追ってくる敵を切り捨てつつ、終に敵の大群を切り抜けて、安養寺山の奥に逃げ延びた。
こうして日も暮れたが、どこへ行こうあてもない。近くに一つの小屋があって、谷に寄って建っているが中には人もいない。とりあえずは家に隠れていたが、敵の軍の20騎ばかりが来る音がしたかと思うと、
「確かに後姿は見えたはずだ。必ずや、伊賀を通る道をぬけて逃げたであろう。」という声が聞こえる。又五郎を討ちとめようとする武士たちである。
しかし彼らは、又五郎が隠れている家には目もかけずに、段々と遠ざかっていく。
それを聞いて、もう大丈夫であろうと気持ちをゆるめるところに、再び人の通り過ぎる音が聞こえたので、ひそかに窓のすみからのぞき見ると、一人の体が細く背の高い、四十歳ばかりの女がいる。濃い紺色の着慣れた着物を着て、手には美しい袋を持ち、
「堅田又五郎はここにいらっしゃいますか?」と言う。これに又五郎は物も言わず隠れていた。
女は笑って、
「何を恐れなさっているのですか、少しも怪しむところはありません。私はこの地方の栗太郡にいらっしゃいます、”雪白の宮”様のお使いで、あなたを安心させようと参ったものです。けして疑わないでください。あなたはいつも、慈悲深く神や仏を敬って、死して後の罪をなくそうとする心を、おろそかにしてはいないので、その志を感じ入って、”雪白の明神”様があなたを守って差し上げるのです。」
という。
その言葉に又五郎が出てくると、持っていた袋のひもをほどいて、焼き餅を取り出して彼に食べさせ、酒の入った小さいびんを渡して飲ませた。又五郎は其の食べ物と酒に大いに腹を満たし、女の親切が恐れ多くまた有り難くも思って、たとえる言葉も無かった。
女が言うには、
「今いる家の窓の前、庭のあたりに、私が一本の線を書いておきます。今夜の宵過ぎに恐ろしい化け物が来てあなたを脅かすでしょう。必ずそれが来ることに構えて、恐れて動きなさらないで下さい。今夜それを逃げられれば、後に悪いことはもう起こりません。」といって、帰るような素振りを見せたかと思うと、かき消すように女の姿は見えなくなった。
思っていた通りに夜になると、奇妙な光が輝き、何かこちらへ来るものがある。
又五郎は言ったとおりだと思う。
窓より覗いてみると、身のたけ一丈(3m)あまりの鬼がおり、赤い髪を乱して白い牙は上下に食い違い、二つのツノはさながら火のようである。
口は耳元まで大きく裂けて、目の光はまるで鏡の上に赤色をこぼしたようである。爪は熊鷹[クマタカ]の如く、豹の皮を腰に巻き、家に向かってすぐにかけ入ろうとするが、あの女が庭の土に書いた線を見て、大きく怒った両目を雷のごとく光らせ、口より炎を吐いて立ち止まり、足を踏ん張り大声で叫ぶ。
その有様は身の毛もよだち、魂は消えて、おそろしいといっても言葉が足りない。
ついに鬼は線を超えることが出来ず、怒りを抑えて違う方向へ歩いていったが、その時ちょうど敵の武士達が10騎ほどやってきて、
「又五郎はこの家に隠れたということだ。又五郎よ、出ろ出てこい。」と怒鳴った。
そのとたん、先ほどの鬼が駆け出てきて、馬に乗っていた兵をつかみ、馬を踏み殺して食う。そのほかのしもべ達は、おどろいて散り散りになり、とにかく早くどこへでもと逃げうせた。
そうして夜がふけて、やがて明け方になってみれば、鬼はいなくなりあたりは静かである。外に出でてみると、馬の頭や人の手足が血に混じって散り乱れ、鎧や兜、刀は皆ひき散らかしてある。
又五郎はついにここから逃げることができて、それからは伊勢に向かい、白子と言うところから船に乗って、駿州[今の静岡]に行った。そこで知り合いである今川氏親を頼りにしてその身を隠し、それより死んだところは伝わっていない。