役人が汚れたふんどしで判事に顔を拭かせた明治時代の面白エピソード

この記事は5分で読めます.


明治時代、日本が台湾を統治していたころの役人の笑い話.

【出版年】明治35年(1902年)発行
【著者】長田忠一(長田秋濤)
【書名】洋行奇談 新赤毛布
【タイトル】褌で顔を拭く

原文も口語文のため、現代語訳はほぼ原文のままです.

これは台湾での出来事である.
台湾授受の後、民政局を台北に設け、ここにおいておのおの施政の方針も決まり、あらゆる官職はその部署について事務をとり行うことになった.

ちょうど6月中旬のことであったが、日は暮れても暑さはギラギラとして、玉をなす汗は滝のように流れ落ちるほどである.
それゆえに、高等官たちはみな集まって中庭に涼み台を設置し、ここにいて夜が深くなるまで涼んでいたのであるが、ある夜のこと、ここにいたのは服部甲子造(はっとりかしぞう)氏である.

服部氏は一時、「泥酔判事」とまであだ名された酒豪であったが、台湾に来るにあたって固く禁酒をしただけでなく、人物も一変しておとなしい方となられていたのであった.
服部氏には潔癖な所があって、食事になれば手を何十度となく洗い、箸や茶碗を拭くことなん十遍、わずかでも汚れた箇所があればすぐにこれを拭いて、また物によってはこれを変えるというのが服部氏の習慣であった.ゆえに衣服なども、つとめて清潔なものを着ており、ハンカチなどもつとめて新しい物を所持しているくらいである.

たまたま狐鉄(こんてつ)とあだ名された檜山鐵三郎(ひやまてつさぶろう)氏がこのそばにいたが、檜山氏は服部氏とは正反対の性質であって、まったく物に頓着しない.檜山氏が帯でしていたふんどしは、ほとんどここに数十日間、油じみでもはや真っ黒になっている.それを今夜こそ取り換えようとして、これを外して掛けていた.

それとも知らない服部氏は、そばから、
「オイ檜山君、僕は非常な汗だ.手拭いを忘れてきたが、君ひとつ持っているなら貸してくれたまえ.」

常に悪しゃれをもって評判されている狐鐵先生.
ソラキタと外して渡したのはこの汚れふんどし.
服部氏はこれを使って顔を何度となく拭いたのである.

檜山氏は座ることも堪えられなくなってそこへ倒れたが、服部氏は気が付いてこれを月明りで見てみれば、手拭いならぬコリャふんどし.
さらに垢だらけと来ているから、服部氏は怒らないわけなく、烈火のごとくになって檜山氏を殴るやらののしるやら、ようやく仲裁が入って、白旗だけに降参で事はおさまった.

明治時代の日本の話

コメントを残す